坂口安吾『堕落論』を解説|支配者による支配のカラクリを暴く!

坂口安吾の『堕落論』は、太平洋戦争が終結した翌年(1946年)に発表されました。戦後の焼け野原で、希望を失った日本人を勇気づけた名著です。

日本を支配する支配のカラクリとは何か?
戦後の日本人に衝撃をあたえた「生きよ堕ちよ」の本当の意味とは?

坂口安吾『堕落論』のポイントをわかりやすく解説します。ぜひ参考にしてください。

坂口安吾『堕落論』のあらすじ

堕落論 あらすじと要約

坂口安吾の『堕落論』は、戦中・戦後の日本人を観察して、人々が生きる道を示したエッセイです。

太平洋戦争の渦中、日本人の生活は苦しいものでしたが、国民一丸となって戦っていました。むなしい美しさにあふれていました。

戦争に敗れた日本では、かつての特攻隊員が違法な物資を売買する「闇屋」になり、夫の戦死を悲しむはずの未亡人が新しい男に恋をしたり、すべての人が堕落したと安吾は指摘します。

しかし、日本人は何から堕落したのか?
そこに日本の歴史的カラクリがあったのです。

「人間はそもそも堕落する存在である」と安吾は説きます。そして、正しく堕ちきることこそ、人々が救われる道だと主張するのです。

『堕落論』の作者・坂口安吾について

坂口安吾

『堕落論』をより深く理解するために、作者の人柄について見ておきましょう。

坂口安吾は、1906年(明治39年)に新潟で生まれます。少年時代から読書好きだった一方、スポーツも得意で、柔道や相撲、短距離走で賞を取ることもありました。

坂口安吾の本名は「炳五(へいご)」といいます。「アンゴ」というのは、新潟中学時代の漢文の先生によってつけられたものです。

偉大なる落伍者・アンゴ

その先生は、学校の勉強をまったくしなかった炳五にあきれて「お前なんかに炳五という名前はもったいない。暗い人間だから暗吾(アンゴ)と名のれ」と言いました。その響きが気に入り、「安吾」という通り名ができたのです。

安吾は、反抗的な落伍者への憧れが強く、試験のときに答案を白紙で提出するなど、社会に反発する破天荒な性格でした。

大学に進学してからは、フランス語、ラテン語、ギリシャ語など語学の勉強に励みました。

作家デビューから『堕落論』発表まで

作家デビューのきっかけは、25歳のときに発表した『風博士』です。この作品が激賞され、さまざまな作品を執筆します。

その後、酒びたりの放浪生活やスランプを経て、終戦直後の1946年にエッセイ『堕落論』を発表します。

同年に発表された小説『白痴』も反響を呼び、この2作品によって安吾は一躍流行作家となります。また、太宰治らとともに、戦後日本文学の「無頼派」と呼ばれるようになりました。

美しい日本人|特攻隊と闇市と未亡人

坂口安吾は、戦中・戦後の日本をどのように捉えていたのでしょうか。

戦時中の日本人は美しかった

堕落論 女性たち

「戦時中の日本は理想郷だった」と坂口安吾は言います。

多くの国民が徴兵されて戦っていただけでなく、女性は軍需工場で兵器を作り、学生たちも働きました。家庭の鍋などは兵器の材料として回収され、食料は配給制、泥棒すらいませんでした。

戦時中の日本人は一丸となって戦っており「虚しい美しさにあふれていた」のです。

追いつめられる日本

堕落論 特攻隊

アメリカの圧倒的な軍事力に追いつめられた日本は、特攻作戦を考案します。爆弾を抱えて敵艦に突撃する特攻隊。日本独自の精神論がこの異常な作戦を可能にしました。

しかし、根性だけで戦力の差を埋めることはできません。1945年8月、原爆投下によって日本は降伏し、世相は大きく変わりました。

敗戦後の堕落した日本人

堕落論 戦後の闇市

敗戦後の日本はアメリカに統治されますが、食糧不足は変わりません。人々を飢えから救ったのは、違法に入手した物資を高額で売買する「闇市」でした。

特攻隊の若者は、闇市で取引する「闇屋」となって生活費を稼ぎ、戦争で夫を失った未亡人は、新しい相手に恋をします。生活のため米兵相手に体を売る女性たちは「パンパンガール」と呼ばれました。

敗戦によってすべての日本人が堕落しましたが、人間の本質が変わったわけではありません。

「戦争に負けたから堕ちるのではなく、人間だから堕ちるのだ」と坂口安吾は説きます。

坂口安吾『堕落論』が暴いた支配のカラクリ

坂口安吾は『堕落論』のなかで、支配者による支配のカラクリについて考察しました。ここでは『堕落論』を理解するための手がかりとして、マックス・ウェーバーの「支配の三類型」と日本の「武士道・天皇制」について解説します。

支配を正当化するものとは?

マックス・ウェーバー

人間がなんの理由もなく支配者に従うことはありません。支配者による支配を正当化するためには、なんらかの根拠が必要です。

ドイツの政治学者マックス・ウェーバーは、その根拠を「伝統的支配・カリスマ的支配・合法的支配」の3つに分類しました。

1.伝統的支配

伝統的支配とは、血筋や家柄、慣習やしきたりなどが根拠になっている支配関係のことです。親の言うことには従わなければならないという考え方や、中世ヨーロッパにおいて貴族が世襲的に権力をもつことは、伝統的支配といえるでしょう。

2.カリスマ的支配

カリスマ的支配とは、英雄や優れた指導者に服従するような支配関係のことです。ナポレオンやヒトラーによる独裁は、カリスマ的支配に該当するでしょう。預言者や呪術者といった特殊な存在に、自ら進んで服従するケースもあります。

3.合法的支配

合法的支配とは、憲法や法律などの規則が根拠になった支配関係です。交通ルールに従って車を運転することや、会社の就業規則に従って働くことなども、合法的支配といえるでしょう。

武士道と天皇制|日本における支配のカラクリ

坂口安吾は、日本における支配の根拠を、武士道と天皇制から考察しました。

堕落論 武士道の真実

武士道の真実

「武士道」とは日本特有の倫理・道徳規範です。

忠誠・勇敢・犠牲・信義・廉恥・礼節・名誉・質素など「武士は命をかけて主君に従うべき」といった伝統的支配に通じる思想が根っこにあります。

この耐乏・忍苦を美徳とする精神が「特攻隊」という無謀な作戦や「ぜいたくは敵だ」などのスローガンを生みだし、集団自決などの行為まで正当化したのです。

天皇制の真実

坂口安吾は「天皇制はきわめて日本的な政治的作品」であると指摘しています。

天皇制は天皇が生みだしたものではありません。「私は神様の子孫である天皇に任命されて将軍になった!だから私の命令に従いなさい」ということにして、支配者がその権威を正当化したのです。

堕落論 天皇制の真実

平安時代、藤原氏のころから、日本の支配者は天皇という伝統的な存在を利用します。天皇を拝賀するイベントを企画し、その後の支配者たちも喜んで天皇を頂点におきました。

太平洋戦争を始めるときも「天皇が開戦を決めた」ことにして国民を動員し、「天皇が降伏を決めた」ことにして、忍びがたいけれども忍んで負けることにしたのです。

これぞ歴史的大欺瞞。
安吾は、支配者だけでなく国民全員が、天皇を利用して自分をごまかしていたと一喝します。

政治は人を救えるのか?

堕落論 歴史的カラクリ

戦後の日本は、民主的に国を統治するために日本国憲法を制定します。天皇は「国家元首」から「国民の象徴」となり、伝統的支配から合法的支配へと進んでいくのです。

しかし結局は、支配を正当化する根拠が変わっただけともいえるでしょう。

「人は支配のカラクリなしには生きられない」
「人は永遠に自由ではあり得ない」と坂口安吾は指摘します。

エッセイ『堕落論』を物語にした小説『白痴』

堕落論の小説版 白痴

同じく1946年に発表された小説『白痴』は、『堕落論』の思想を物語にしたものです。

『白痴』の舞台は、敗戦間近の商店街裏町。
主人公・伊沢は、映画会社の見習い演出家。裏町にある小屋に下宿しています。

当時、作ることを許された映画といえば、国民の戦意高揚のための国策映画ばかりです。伊沢は芸術家としての理想と現実のはざまで苦しんでいました。

ある日、伊沢は隣家に嫁いだ白痴の人妻・サヨと奇妙な同居生活を始めます。

白痴の人妻サヨ

サヨには理知も抑制も抵抗もありません。
あるのはただ「無自覚な肉欲」のみ。
伊沢にとって、サヨは小屋で自分の帰りを待つ、魂のない肉体でした。

伊沢はこの同居生活のなかで、サヨの素直な心こそ自分に必要だと感じる一方、あるときサヨが見せた醜悪な姿にショックを受けて、彼女の死を願うようになります。

やがて裏町にも大規模な空襲がやってきます。サヨが焼け死ぬことを期待しながらも、彼女をつれて逃げる伊沢。

「死ぬ時は、こうして、二人一緒だよ。怖れるな。そして、俺から離れるな。火も爆弾も忘れて、おい俺達二人の一生の道はな、いつもこの道なのだよ。この道をただまっすぐ見つめて、俺の肩にすがりついてくるがいい。分ったね」

『白痴』坂口安吾

そのとき「魂のない肉体」だったサヨが、はじめて自分の意思を示します。

堕落とは、カラクリに憑かれた着物を脱いで、欲するところを素直に欲し、イヤなものをイヤだと言う、好きなものを好きだと言うことです。

坂口安吾は『白痴』という物語を通して、偉大でもあり卑しくもある人間の、ほんとうの姿を見つめる覚悟を表現しました。

坂口安吾『堕落論』が説いた正しく堕ちる道

堕落論・白痴

戦後、人々はあらゆる自由を許されると同時に、不可解な不自由に気づくことになります。

「民主主義」というカラクリ。
「ヒューマニズム」というカラクリ。

そこから救われるために、安吾は「自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだす」こと、そのために「正しく堕ちる道を堕ちきることが必要である」と説きました。

終戦から今年で79年、現代を生きる私たちを支配するカラクリとは何か?坂口安吾の思想に興味をもった方に、まずは漫画版をおすすめします。

エッセイ『堕落論』と小説『白痴』を、一気通貫のストーリーとして描きました。
ぜひ、まんがで読破『堕落論・白痴』を参考にしてみてください。

堕落論・白痴 まんがで読破

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