方法序説|近代哲学の父・デカルトの思考法を解説【我思うゆえに我あり】

デカルトの『方法序説』って超有名だけど…何がすごいの?それってなんの役に立つの?

「我思うゆえに我あり」ってどういうこと?

そんな方にむけて、近代哲学の父・デカルトの思考法をご紹介します。デカルト流「幸福になるヒント」実践的哲学のポイント解説です。

『方法序説』デカルトが求めた学問3つの条件

デカルト ラ・フレーシュ学院 イエズス会

デカルトは17世紀フランスの哲学者・数学者。
幼いころから「人生に役立つ知識」に胸をおどらせ、歴史・倫理・雄弁術などの当時主流だった学問だけではあきたらず、錬金術・占星術などのちょっと怪しい書物も手当たりしだい読破。

さらに大学では法学・医学に打ちこみましたが、それでも自分の求める学問が見つかりません…。
ただひとつ認めたのは数学の確実性のみ。

デカルト ポワティエ大学

机上の学問に限界を感じたデカルトは、実生活のなかにこそ真理があると考えて「世間という大きな書物」ヨーロッパ遍歴の旅に出ます。

デカルトが求めていた学問の条件は次の3つ。

  1. 普遍性
    個人の価値観に左右されない!
  2. 実用性
    生活でちゃんと役立つ!
  3. 確実性
    個人の才能によらず誰でも使える!

旅行中は知識人たちとの面談、軍隊に志願するなど、さまざまな人と交流するなかで、いよいよデカルトに転機が訪れます。

オランダの自然学者イサーク・ベークマンと意気投合して共同研究を行い、そこで数学の確実性を使ってすべての学問を統一する「普遍学」を構想するのです。

『方法序説』4つの規則|問題はシンプルに解決

求める学問がなければ、自分でつくる…。

「普遍学」の樹立を目指すデカルトは、真理を探究するための方法として次の「4つの規則」を定めました。

4つの規則 方法序説
  1. 明証性の規則
  2. 分析の規則
  3. 総合の規則
  4. 枚挙の規則

1. 明証性の規則

明証性の規則 方法序説

疑う余地のない確実なことだけを認めること。個人の経験や習慣による「偏見」が入ってしまうと、スタート時点でつまずきます。ジグソーパズルなら、まずは確実な角のピースから埋めます。

2. 分析の規則

分析の規則 方法序説

大きな問題を小さなものに分類して考える。ジグソーパズルなら、色や柄でピースを分類します。情報を整理することで簡単なこと・難しいことが見えてきて、やるべきことがハッキリします。

3. 総合の規則

総合の規則 方法序説

簡単なことから難しいことを積み重ねる。ジグソーパズルなら、周囲から中心に向かってつなげていきます。地道にコツコツ。仕事や勉強でも小さなゴールを段階的にクリアすると、やる気も高まるはず。

4. 枚挙の規則

枚挙の規則 方法序説

じっくり全体を見渡す。人間の「思いこみ」の罠は強力です。明証性の規則を守っているつもりでも、どこかで間違っていたかもしれません。パズルでも仕事でも学校のテストでも、見落としがないか必ずチェックすることです。

4つの規則 デカルト

デカルトは方法の規則をできるだけ少なくすることにこだわりました。シンプルイズベスト。これは個人のルールでも国の法律でも同じです。

規則が複雑になるほど、わずらわしい衝突や、そこに犯罪などがつけ入るスキができてしまいます。難しい問題ほど、シンプルな規則でシンプルに解決!これがデカルトの「4つの規則」です。

『方法序説』3つの格率|幸福に生きるために

方法序説 3つの格率

デカルトは普遍学の樹立のために、まずは自分自身の思想改革が必要だと考えました。

今までの価値観をリセットする大事業です。しかし、その間は何を判断基準に生活すればいいのか?家を取り壊して建てなおす場合に例えるなら、その間の仮住まいが必要です。

デカルトは、真理にたどりつくまでの仮の判断基準として、次の「3つの格率」を定めました。

1. 保守的に法律や習慣に従う

自分が住んでいる国の法律や習慣に従い、良識のある人々の意見を聞くこと。日常生活で心が乱されないように、政治・宗教では保守的な立場をとります。

2. 決めたことは疑わしくても毅然と進む

優柔不断はあとで後悔を生みます。森のなかで迷った時に、あれこれ悩んでいても飢え死にするだけです。現状でいちばん正しいと判断したことを貫くこと。ひたすらまっすぐ進めば、いつかは森から抜けだせます。

3. 運命や世界の秩序を変えようとあがくよりも、自分の欲望を変える

持って生まれた才能や境遇などは変えられません。自分の力ではどうすることもできない運命を嘆くヒマがあったら、自分ができることに注力することです。

必要以上のものを望まなければ幸福である…。
真理の探究に人生を捧げることを決心したデカルトにとって、学問だけに集中できる環境づくりが第一でした。

デカルト 世間という大きな書物

当時23歳だったデカルトは、普遍学に取り組むにはまだまだ未熟者だと判断し、ふたたびヨーロッパ遍歴の旅に出ます。

バルザックやホッブズなどの思想家やさまざまな人々と交流し、着実に人生経験を積んでいきますが、その期間はじつに9年にも及ぶのです。

デカルトの方法序説|我思うゆえに我あり

旅を終えたデカルトはオランダに移り住み、ついに哲学の基礎である形而上学の思索に励みます。

当時の学問の主流は「スコラ学」です。

世界の中心は神である。
神がいるからすべてのものは存在している。

スコラ学は、キリスト教思想とアリストテレス哲学がベースになっていますが、デカルトはこれを否定しました。

スコラ学は神の存在証明があやふやで「疑わしい」ものだったからです。

この時代は「信仰」から「理性」を重視する、中世から近代への転換期です。デカルトはまず人間の精神と、神の存在証明をやり直しました。

方法的懐疑

方法的懐疑

デカルトは少しでも疑いのあるものは「偽」であるとして、最後に残った疑いえないものだけが真理であると考えました。徹底的な消去法で「懐疑」を真理を見つけるための方法にしたのです。
これを「方法的懐疑」と言います。

人間の「感覚」を疑え!

人間のおもな感覚器官である視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚は、錯覚によって勘違いすることがあります。だから疑わしい…感覚は「偽」です。

人間の「推論」を疑え!

人間にはうっかりミスがありえます。自分の推論が「真」であることを自分だけでは証明できません。だから疑わしい…推論も「偽」です。

人間の「思考」を疑え!

人間は目覚めている時でも、眠っている時は夢のなかでも思考しています。現実と思っているこの現実も、じつは夢かもしれない…だから思考も「偽」です。

デカルトはこんな調子で、この不毛とも思える思索をひたすらに続けました。

我思う、ゆえに我あり

方法序説 我思うゆえに我あり

デカルトは「方法的懐疑」をくりかえすなかで、あることに気づきます。すべてを疑っている間も、疑っている私自身は確かに存在している…。

「我思う、ゆえに我あり」

ラテン語でコギト・エルゴ・スム。
デカルトはこのどんなに疑っても存在している「考える私」にたどり着き、これを哲学の第一原理としました。

方法的懐疑によって「考える私」の存在は証明できました。しかし、考えることをやめてしまったら「私」の存在証明としては不完全です。

なぜ「私」は不完全なのか?
ここから「神の存在証明」に取りかかります。

神の存在証明

方法序説 神の存在証明

「完全」があるから「不完全」があります。
「必然」があるから「偶然」があります。

完全なものの観念は、完全なものにしかわかりません。それでは、なぜ不完全な存在である「私」が、完全な存在を知っているのか?

「完全な存在」とはなんでしょうか?
無限・永遠・普遍・必然・全知・全能…わかりやすく表現するなら「神」のことです。

不完全な私は、完全なる存在のおかげで存在している、だから神は存在する。
と結論づけます。

……結局「神」です。
スコラ学と同じ結論になってしまったように見えますが、デカルトは「神の存在証明」によって「私」の存在を確立させて「考える私=理性」の有効性を説いたのです。

神(信仰)中心の世界から、
人間(理性)中心の世界に。

デカルトは神から与えられた観念をもとに、明晰判明に認識したものはすべて正しいと結論づけました。これによって、これまで「偽」としていた思考や推論などへの信頼も回復します。

  • 精神は体がなくても存在するのか?
  • 自然には意思があるのか?
  • 人間と動物・機械のちがいは何か?
  • 機械は人間の代わりになれるのか?

デカルトは「我思うゆえに我あり」というシンプルな原理から、現代のテーマにもなり得るさまざまな論を展開していきます。

みんなの哲学入門|デカルト『方法序説』

『方法序説』は、理性はすべての人に平等に備わっていると考え、一般向けに書かれた書物です。

方法的懐疑によって導きだされた「考える私」が、のちに言う「自我」であり、世界の中心が神であることが常識だった時代からすると衝撃的な発想でした。それゆえにデカルトは近代哲学の父と呼ばれています。

ところで、そもそもデカルトが構想していた「普遍学」はどうなったのでしょうか?

哲学の木|デカルトへの批判

デカルト 哲学の木

普遍学を目指した個人の思想改革は、万人による学際的な発展に変わっていきます。

それがライプニッツやスピノザたちにうけつがれる一方で、ヒュームやパスカル、カントなど多くの学者たちから批判されました。

批判された理由は、デカルトが哲学の第一原理のあとで提唱した、心身二元論や機械的世界観・動物機械論などがあまりにも「雑」だったからです。

特に自然科学におけるデカルトの業績は、科学史ではほとんど評価されていません。
「4つの規則」「3つの格率」「自我」の存在なども、現代人にとってはほぼ常識的なものです。

それではなぜ、いまさらデカルト『方法序説』を読む意味があるのでしょうか?

「あたりまえを疑え」
「常識をぶっ壊せ」
デカルトの哲学をひとことで、わかりやすく&キャッチーに表現するとこうなります。

しかし、偉人たちの名言・格言が感動的なのは、その業績や結果によるものではありません。彼らがそこにたどりつくまでのプロセスこそが感動的なのです。

近代哲学の父・デカルトの哲学ドラマ。
その思考プロセスを描いた、まんがで読破『方法序説』をぜひ参考にしてみてください。
下町の哲学博士(無職)がナビします。

方法序説 哲学博士
方法序説 まんがで読破

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