伊豆栄|森鴎外が子どもたちと通った上野不忍池の鰻の名店

上野・伊豆栄と森鴎外。

『舞姫』や『うたかたの記』を執筆した鴎外の旧宅(元水月ホテル鴎外荘)から不忍池を挟んだ対岸にあるのが「伊豆栄」。

今も残る江戸前の鰻屋である。

伊豆栄の鰻|森鴎外も堪能した蒲焼のこだわり

伊豆栄 本店外観
伊豆栄本店

あまり知られてはいないが、鴎外が旧宅に住んでいたころは不忍池の周りは競馬場だった。店のホームページによると八代将軍徳川吉宗の時代に本店がある上野・池之端で産声を上げたと言う。

店の界隈を描いた『雁』には「伊豆栄」は登場しないが、次女である小堀杏奴のエッセイ『晩年の父』ではこう書かれている。

不忍池にある伊豆栄へも鰻を食べに連れて行ってくれた。

小堀杏奴『晩年の父』岩波文庫 1981

その頃、森家はすでに千駄木の観潮楼(現・文京区立鴎外記念館)に転居し、店はビルに変わってしまったが、今も不忍通りを挟んだところに本店がある。

食したのは「うなとろ重」と「姫重」。

客の顔を見てから鰻を殺すので恐ろしく時間がかかる。最初行った時私と弟は退屈して大いに父を困らせたので、それからは先へ行って料理を頼んで上野の山を一廻してから食べに帰ったものだ。

小堀杏奴『晩年の父』岩波文庫 1981

さすがに今はさほど待たされることはないが、鰻は三河一色産の「三河饅咲(みかわまんさく)」とできるだけ自然に近い環境で育てられたものを使うこだわり。

砂糖を使わず、醬油と味醂でたれを作り、二週間から一月ほど寝かしたものを使用している。

砂糖を使っていないため、ふたを開けた瞬間に蒲焼の照りが一瞬で失われるのも眼福。

伊豆栄の「うなとろ重」

伊豆栄 うなとろ重

さて、「うなとろ重」。

まずはとろろをつけず、うな重から。最近は包丁の目が皮目にも入りすぎて、箸でもするっと切れるものが多いが、「伊豆栄」のものは皮がしっかりしていて鰻の醍醐味(?)を感じる。

米も硬めにたかれており、焼きと相性がよい。甘いたれが多い中、うな重にあっさりという表現は似つかわしくはないが、江戸っ子の好みが良くわかる。

伊豆栄 鰻重

次はとろろと合わせて。

ここではとろろの甘さとたれの辛さが化学反応して、また、ちがった味わい。名古屋のひつまぶしとまではいかないが二度楽しめる口福。

伊豆栄の「姫重」

伊豆栄 姫重

もうひとつは「姫重」。

うな重と煮物がセットになったものをチョイス。煮物も江戸っ子好みの味付けだが、こちらも野菜本来の甘さを引き出しており、うな重と合う。

吸い物は追加料金で肝吸いに変更。
口の残った甘さをさっぱりした肝吸いが胃に運んでいく。完食。

伊豆栄から団子坂へ|森鴎外の見た景色

「伊豆栄」は森鴎外をはじめ、谷崎潤一郎など多くの文人たちに愛されたのはもちろんだが、寄席の定席、鈴本演芸場も近くにあり、落語家の立川談志なども通っていたことでも有名だ。

さて、腹ごなしに鴎外荘、観潮楼まで散策としよう。

伊豆栄 不忍池

冒頭にも書いたように不忍池の周回道は競馬場のコースだった。

「伊豆栄」を出て、不忍池を右方向に回り、上野動物園西園敷地(旧メインスタンド)を通り越して上野の山につながる道の角に鴎外荘がある。コロナ禍で閉まっていたものの、クラウドファンディングで再開となったが、やはり立ちいかず、残念ながら廃業となってしまった。

わき道を曲がり、しばらく歩くと不忍通りにぶつかる。

健脚の方はそのまま不忍通りを歩いていただくとよいのだが、ひとまず地下鉄千代田線根津駅から一駅、千駄木駅まで。駅を降りると不忍通りと交差する通りが団子坂と三崎坂だ。

三崎坂には菊見せんべい、あなご鮨の「野池」がある。団子坂は言うまでもないが江戸川乱歩『D坂の殺人事件』の舞台でもある。

団子坂を上ること5分。戦災で焼けてしまった観潮楼の跡地に立つのが、文京区立鴎外記念館だ。当時は海が望めたという高台にある。

眼を閉じて、鴎外の見た景色を想像するのもまた一慶。

伊豆栄 本店
お店のホームページ
東京都台東区上野2-12-22
JR・京成線【上野駅】徒歩5分
JR【御徒町駅】北口 徒歩5分
銀座線【上野広小路駅】浅草方面出口 徒歩3分
大江戸線【上野御徒町駅】徒歩3分
千代田線【湯島駅】徒歩5分

この記事を書いた人

平野 秀幸 (ひらの ひでゆき)
フリー編集者。少女少年漫画から週刊誌、エンターテイメント誌など多くのジャンルを渡り歩く。ビートルズ、歌舞伎、食、女性を愛す。ただいま、漫画シリーズを企画準備中。

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