浅草・染太郎。ラストオーダー間近の夜8時、一人の酔っ払った老人が入ってきた。「ビール1本で帰るから」と渋る店主を押し切って上がりこんだ。
さすが無頼派の坂口安吾が通った染太郎、今も無頼(笑)な客がやってくる。
浅草・染太郎の常連だった「無頼派」坂口安吾
過度の飲食や薬物中毒の坂口安吾には「無頼」という言葉がぴったりな気がする。
無頼派とは「第二次世界大戦後の昭和21年(1946)から24~25年にかけて活躍した一群の作家に与えられた名称。織田作之助、坂口安吾、太宰治、石川淳、檀一雄、田中英光らをさす。反道徳性、反リアリズム、曲折した文体や批評精神などが特徴。新戯作派」(日本語大辞典・小学館)。
太宰治『パンドラの匣』での自由主義者の説明や、エッセイ『返事』にある「無頼派です」が由来とか。
とあるように、あらためて『堕落論』を読み直してみると、坂口安吾は鋭い人間分析をしている。
無頼派とは常識にとらわれず、批評精神にあふれた作家たちを指す言葉だ。人間の本質に迫ろうとする精神の持ち主たちだ。
その発露として確かに、無頼ととれる行動が目立ったということか。
浅草・染太郎で昭和レトロを味わう
妻壁に「染」の文字が書かれた「染太郎」の玄関。
染太郎の住所は西浅草、地下鉄田原町駅からのほうが近い。ビルに挟まれた木造二階建てで、古い建物が残る浅草周辺でもひときわ目立つ昭和レトロなたたずまい。
「テッパンに手をつきてヤケドせざりき男もあり」
通されたのは安吾が座ったという2番テーブル。その鉄板に手をついてやけどしそうになり、女将の手当てによって軽傷で済んだという。
そのことが色紙に書かれて壁に飾られている。
浅草・染太郎の鉄板焼き
下味が付いた海老、ホタテ、野菜。
安吾はなんでも焼くとは言うが、まずは鉄板焼きから。
以前行ったときは店の人が焼いてくれたものだが、コロナの影響なのか、焼き方の書いた紙を渡され自分でやるようになっていた。その後のメニューも同様だが、昔を知っている者としてはちと残念である。
もんじゃじゃないよ!しゅうまい天
ラードをひいた鉄板に餅の壁で四方を囲み、ひき肉と玉ねぎをまぜた生地をもんじゃのように流しこむ。
片面が焼けたらひっくり返し、ふたたび火を入れ、返したら醤油をかける。
しゅうまい天から鉄板に醤油があふれると香ばしい匂いが広がり食欲をそそる。
斜め十文字に切って口へはこぶ。あら、不思議、形はしゅうまいとはとても言えないが、味はしゅうまいそのものだ。
まってました!お好み焼き
お好み焼きは豚天をチョイス。
具たくさんでふっくらと焼きあがってさすが定番メニュー。ひとつ疑問だったのは、トッピングの青のりはあるが、鰹節はない。そうだったっけ?
麺が黒い焼きそば
驚かされるのが麺の黒さ(正確には濃い茶色)。
昔はもっと黒かった記憶もあるが、特製のたれをかけて焼く。見ているだけで濃厚な感じがしてくる。ところが、意外や意外、さっぱりした味わいでお好み焼きを食べたあとでもどんどんいける。
デザートは和風クレープ?あんこ巻き
こちらも名物、あんこ巻き。
生地を丸く薄く延ばし、軽く火が通ったらあんこをのせ、少し置いたら巻いていく。その時、生地を少し残しておき、丸く巻き終わったら糊代わりにつけて形が崩れないようにするのがポイント。
お好み焼き、焼きそばの後だが、締めとしてはとても結構。
さて、冒頭の無頼(笑)の客は、「もう一本」と少し粘ったが、結局ビール一本でおとなしく帰っていった。
自転車を押しながら家路に向かう老人を、店の女性が優しく目で追っていた。
風流お好み焼 染太郎
東京都台東区西浅草2-2-2
東京メトロ銀座線【田原町駅】徒歩3分
つくばエクスプレス【浅草駅】徒歩2分
この記事を書いた人 平野 秀幸 (ひらの ひでゆき) フリー編集者。少女少年漫画から週刊誌、エンターテイメント誌など多くのジャンルを渡り歩く。ビートルズ、歌舞伎、食、女性を愛す。ただいま、漫画シリーズを企画準備中。