上野・伊豆栄と森鴎外。
『舞姫』や『うたかたの記』を執筆した鴎外の旧宅(元水月ホテル鴎外荘)から不忍池を挟んだ対岸にあるのが「伊豆栄」。
今も残る江戸前の鰻屋である。
伊豆栄の鰻|森鴎外も堪能した蒲焼のこだわり
あまり知られてはいないが、鴎外が旧宅に住んでいたころは不忍池の周りは競馬場だった。店のホームページによると八代将軍徳川吉宗の時代に本店がある上野・池之端で産声を上げたと言う。
店の界隈を描いた『雁』には「伊豆栄」は登場しないが、次女である小堀杏奴のエッセイ『晩年の父』ではこう書かれている。
その頃、森家はすでに千駄木の観潮楼(現・文京区立鴎外記念館)に転居し、店はビルに変わってしまったが、今も不忍通りを挟んだところに本店がある。
食したのは「うなとろ重」と「姫重」。
さすがに今はさほど待たされることはないが、鰻は三河一色産の「三河饅咲(みかわまんさく)」とできるだけ自然に近い環境で育てられたものを使うこだわり。
砂糖を使わず、醬油と味醂でたれを作り、二週間から一月ほど寝かしたものを使用している。
砂糖を使っていないため、ふたを開けた瞬間に蒲焼の照りが一瞬で失われるのも眼福。
伊豆栄の「うなとろ重」
さて、「うなとろ重」。
まずはとろろをつけず、うな重から。最近は包丁の目が皮目にも入りすぎて、箸でもするっと切れるものが多いが、「伊豆栄」のものは皮がしっかりしていて鰻の醍醐味(?)を感じる。
米も硬めにたかれており、焼きと相性がよい。甘いたれが多い中、うな重にあっさりという表現は似つかわしくはないが、江戸っ子の好みが良くわかる。
次はとろろと合わせて。
ここではとろろの甘さとたれの辛さが化学反応して、また、ちがった味わい。名古屋のひつまぶしとまではいかないが二度楽しめる口福。
伊豆栄の「姫重」
もうひとつは「姫重」。
うな重と煮物がセットになったものをチョイス。煮物も江戸っ子好みの味付けだが、こちらも野菜本来の甘さを引き出しており、うな重と合う。
吸い物は追加料金で肝吸いに変更。
口の残った甘さをさっぱりした肝吸いが胃に運んでいく。完食。
伊豆栄から団子坂へ|森鴎外の見た景色
「伊豆栄」は森鴎外をはじめ、谷崎潤一郎など多くの文人たちに愛されたのはもちろんだが、寄席の定席、鈴本演芸場も近くにあり、落語家の立川談志なども通っていたことでも有名だ。
さて、腹ごなしに鴎外荘、観潮楼まで散策としよう。
冒頭にも書いたように不忍池の周回道は競馬場のコースだった。
「伊豆栄」を出て、不忍池を右方向に回り、上野動物園西園敷地(旧メインスタンド)を通り越して上野の山につながる道の角に鴎外荘がある。コロナ禍で閉まっていたものの、クラウドファンディングで再開となったが、やはり立ちいかず、残念ながら廃業となってしまった。
わき道を曲がり、しばらく歩くと不忍通りにぶつかる。
健脚の方はそのまま不忍通りを歩いていただくとよいのだが、ひとまず地下鉄千代田線根津駅から一駅、千駄木駅まで。駅を降りると不忍通りと交差する通りが団子坂と三崎坂だ。
三崎坂には菊見せんべい、あなご鮨の「野池」がある。団子坂は言うまでもないが江戸川乱歩『D坂の殺人事件』の舞台でもある。
団子坂を上ること5分。戦災で焼けてしまった観潮楼の跡地に立つのが、文京区立鴎外記念館だ。当時は海が望めたという高台にある。
眼を閉じて、鴎外の見た景色を想像するのもまた一慶。
伊豆栄 本店
伊豆栄のホームページ
東京都台東区上野2-12-22
JR・京成線【上野駅】徒歩5分
JR【御徒町駅】北口 徒歩5分
銀座線【上野広小路駅】浅草方面出口 徒歩3分
大江戸線【上野御徒町駅】徒歩3分
千代田線【湯島駅】徒歩5分
この記事を書いた人 平野 秀幸 (ひらの ひでゆき) フリー編集者。少女少年漫画から週刊誌、エンターテイメント誌など多くのジャンルを渡り歩く。ビートルズ、歌舞伎、食、女性を愛す。ただいま、漫画シリーズを企画準備中。