松本楼は、日比谷公園の真中にあるレストランだ。
夏目漱石の小説『野分』では「西洋料理屋」と書かれ、作中に名前こそ出てこないが、今も公園の森のなかにたたずんでいる。
松本楼と漱石の人物描写
『野分』の中心人物・高柳周作は、高等学校を卒業し、作家を目指している。
高柳を元気づけるために、裕福な友人・中野輝一が食事に誘う。その「西洋料理屋」が松本楼だ。
そのビステキ(ビフテキ)を食べ終わった後、高柳はとんでもないことをしでかす。
火のついた煙草「敷島」を二階から放り投げて、食事が終わって先に出ていった実業家の帽子に落としたのだ。
体の調子もよくなく、結核も疑われている高柳。
自作の小説は完成するあてもなく、翻訳の下働きで糊口をつなぐしかない高柳の、世を拗ねた姿がリアルに描写されている。
松本楼のレストランで逸品を味わう
雨に濡れ色鮮やかな日比谷公園の木々。
訪れた日はあいにくの雨だったが、日比谷門から大噴水の横を抜けると松本楼が現れる。
現在は2階にレストランはなく、3階の仏蘭西料理ボア・ドゥ・ブローニュへ。あらかじめコースを予約しておいた。
ダイナースフランスレストランウィーク(ランチ)はオードブル、メインディッシュ、カフェのお得なセット。
松本楼|ボア・ドゥ・ブローニュの前菜
前菜は森のレストランにふさわしい野菜のテリーヌ風。旬の野菜に魚介を組み合わせて、ゼリーで寄せ、キャベツで包んでいる。
サラダと魚が楽しめるおしゃれな一品だ。
夏目漱石も食した松本楼のビフテキ
メインはいくつか選べるコースだったが、もちろんビフテキをチョイス。
焼きはミディアムレア。
見た目からはじゅうじゅうと焼きあがった感じがなく、やや拍子抜けしたが、ナイフを入れ口に運ぶと、ミディアムレアの肉の赤さは残しつつ、火が通っている絶妙な感じ。
デミグラスソースをつけると味変して美味しいが、ビフテキそのものでも柔らかく十分に楽しめる。
老舗西洋料理というとどうしても古臭いイメージがあるが、伝統、格式にくわえ、最先端のテクニックを見事に取りいれる工夫がなされている。
まさに恐るべし松本楼、という印象だ。
日比谷公園でカジュアルランチ
気になった1階の洋食・グリル&ガーデンテラスに。テラス席で楽しもうと、天気の良い日を選んで再訪した。
3階のレストランがおしゃれして食べたい場所とすれば、こちらはまさにカジュアル。昼下がりの東京で森林浴と食事が楽しめるとはなんという贅沢。
松本楼の選べるビッグプレート洋食3種(ステーキ・クリーミィカニコロッケ・海老フライ)はこれぞ洋食。
野菜をふんだんに使ったビーフシチュー。
夏目漱石「余は今食事の事のみを考えて生きている」
夏目漱石といえばイギリス留学中、食事が不味くて神経衰弱になったという説が有名だが、実はロンドンに着く前から胃弱であった。
帰国後も英国流の食事やお茶を楽しんでいる。
松本楼だけではなく、上野精養軒、神楽坂の田原屋、四谷の三河屋などにも足をはこんでいた。
遺作となった『明暗』にもフランス料理店が登場している。
この店が今もあるのかはわからないが、あったら食べにいきたいところだ。どなたかご存じの方がいればお教えいただきたい。
日比谷松本楼
松本楼のホームページ
東京都千代田区日比谷公園1-2
日比谷線・丸の内線【霞ヶ関駅】徒歩2分
三田線・千代田線・日比谷線【日比谷駅】徒歩2分
この記事を書いた人 平野 秀幸 (ひらの ひでゆき) フリー編集者。少女少年漫画から週刊誌、エンターテイメント誌など多くのジャンルを渡り歩く。ビートルズ、歌舞伎、食、女性を愛す。ただいま、漫画シリーズを企画準備中。