太宰治『人間失格』のあらすじを知る前に、まずはこの画像を見てください。

この少年は、本当に「いやな子供」に見えるでしょうか?
「猿だ。猿の笑顔だ。」
――『人間失格』は、少年の写真をめぐる奇妙な違和感から始まります。
写真に写っているのは、女性たちに囲まれて笑う少年。漫画で見るかぎり、どこにでもいる愛らしい子供です。原作でも「可愛い坊ちゃんですね」と言っても不思議ではないような愛らしさがあると語られます。
ところが語り手の「私」は、その笑顔を「醜く」、少年を「いやな子供」と感じ、ついには「猿の笑顔」とまで表現するのです。
同じ少年なのに、なぜ見え方が違うのでしょうか。
この少年は、主人公・大庭葉蔵です。
物語が進むと、葉蔵は人間を恐れるあまり「道化」を演じ、自分を隠しながら人間社会に適応しようとします。そして最後には、自分自身を「人間失格」と考えるようになります。
しかし――
葉蔵は、本当に人間失格だったのでしょうか?
この記事では、葉蔵の人生を追いながら、「道化」と「人間失格」という二つの言葉から、この作品を読み解いていきます。

『人間失格』とは?

『人間失格』は、太宰治が1948年に発表した小説です。
主人公は大庭葉蔵。
人間への恐怖を抱える葉蔵は、人との関係を保つために「道化」を演じます。しかし、その生き方は次第に彼自身を追い詰めていきます。
物語は「はしがき」「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」「あとがき」という構成で、葉蔵の少年時代から青年期、そして人生の転落までが描かれます。
「第一の手記」から「第三の手記」までは葉蔵自身が語り、「はしがき」と「あとがき」では、葉蔵とは別の「私」が登場します。
読者は、葉蔵自身が語る自分と、第三者から見た葉蔵の両方を見ることになります。
【作品情報】
| 作者 | 太宰治 |
| 発表年 | 1948年『展望』6月号〜8月号 |
| ジャンル | 小説・日本文学 |
| 主人公 | 大庭葉蔵 |
| 構成 | はしがき・第一の手記・第二の手記・第三の手記・あとがき |
| 主なテーマ | 人間への恐怖、道化という仮面、孤独、罪悪感、自己認識 |
『人間失格』の主要人物
大庭葉蔵
本作の主人公。東北の裕福な家に生まれ、幼いころから「人間の生活」が理解できず、「道化」を演じることで人間社会に適応しようとします。
竹一
葉蔵の中学時代の同級生。葉蔵の「道化」を見抜く人物です。
堀木正雄
東京で葉蔵が出会う画学生。葉蔵を酒や女性との遊興へ引き込んでいきます
ツネ子
カフェの女給。葉蔵と心中を図りますが、葉蔵だけが生き残ります。
シヅ子
夫と死別した雑誌社の女性。葉蔵は一時期、シヅ子とその娘・シゲ子と暮らします。
ヨシ子
タバコ屋の女性。人を疑うことを知らない純粋な女性で、葉蔵と結婚します。
ヒラメ
葉蔵の父の別荘に出入りしていた書画骨董商。葉蔵の学校の保証人でもあり、心中事件後には葉蔵の身元引受人となります。
マダム
葉蔵が身を寄せるバーの女性。物語の最後で葉蔵について語る重要な人物です。
『人間失格』のあらすじ

第一の手記 人間がわからない少年時代
青森県の裕福な家に生まれた葉蔵は、幼いころから人間の生活が理解できませんでした。人が何を考え、なぜそのように振る舞うのかがわからない。
そこで葉蔵が身につけたのが、「道化」です。
ふざけて、人を笑わせる。そうすれば、人から拒絶されずに済む。葉蔵は「道化」を演じることで、人間の中に居場所をつくろうとします。
しかし、人間への恐怖が消えることはありません。やがて中学、高校へ進んだ葉蔵は、「道化」を身につけたまま青年期を迎えます。
第二の手記 酒と女性の青年時代
青年になった葉蔵は東京へ出ます。
そこで画学生の堀木と出会い、酒や女性との遊興にのめり込んでいきます。「道化」によって人との距離を保ちながらも、葉蔵は次第に自分の生活を支えられなくなっていきます。
やがてカフェの女給・ツネ子と心中を図りますが、葉蔵だけが生き残ります。その後も生活は安定しません。
人間が怖い。それでも、ひとりになることもできない。その矛盾を抱えたまま、葉蔵は転落していきます。
第三の手記 一度だけ訪れた穏やかな生活
葉蔵は未亡人のシヅ子や、タバコ屋のヨシ子と関係を持ちます。特にヨシ子との結婚によって、葉蔵には一度だけ穏やかな生活が訪れます。
しかし、その生活も長くは続きません。
ある出来事をきっかけに、葉蔵は再び酒に逃げ込み、やがて薬物にも依存するようになります。生活は崩れ、葉蔵は社会から遠ざかっていくのです。
そして最後には、自分自身を「人間失格」と考えるようになります。
葉蔵はなぜ道化を演じたのか?

葉蔵は、人間が怖かった。だから、人を笑わせる。嫌われないように、ふざける。「道化」は、葉蔵が人間の中で生きるための方法でした。
しかし、人とつながるための道化は、同時に本当の自分を隠す仮面にもなります。
笑わせることはできても、本当の自分を見せることはできない。
葉蔵の孤独は、そこから深まっていきます。
葉蔵は本当に人間失格だったのか?

最後に、葉蔵は自分自身を「人間失格」と考えます。しかし、その言葉の真偽を確かめるのは誰でしょうか。
社会でしょうか。
家族でしょうか。
それとも、葉蔵自身でしょうか。
葉蔵は、人間社会に適応できず、酒や薬物に依存し、人生を大きく崩していきました。それでも、彼が「人間失格」であると、受け入れる必要があるのでしょうか。
ここで、冒頭の写真を思い出してみてください。「醜く笑っている」「なんて、いやな子供だ」と評された少年は、私たちには愛らしく見えるかもしれません。
同じ人間でも、見る人によって、その姿は違って見える。
だとすれば、葉蔵自身が下した「人間失格」という判定は正しいと言えるのか?この問いに、作品は明確な答えを与えていません。
『人間失格』が今も読まれる理由

『人間失格』が発表されたのは1948年。それから70年以上が経った現在も、読み継がれている作品です。
周囲に合わせる。
本音を隠す。
嫌われないように振る舞う。
明るい自分を演じる。
葉蔵の生き方に、現代の読者が自分自身を重ねることがあるのも、その理由の一つかもしれません。
もちろん、現代人と葉蔵を同じにすることはできません。それでも、「本当の自分を見せられない」という感覚には、時代を越えて共感できる部分があります。
冒頭の少年を「いやな子供」と見るのか。
それとも、愛らしい少年と感じるのか。
そして葉蔵を「人間失格」と断じるのか。
その答えは、読者に委ねられています。
もっと葉蔵の物語を読んでみる

『人間失格』のあらすじを知ることで、葉蔵がどんな人生を送ったのかは見えてきます。
けれど、葉蔵が「道化」を演じるとき、どんな表情をしていたのか。人間関係がどのように変わっていったのか。その人生を、葉蔵自身がどう受け止めていたのか。そうした部分は、実際に物語を読むことでしか見えてこないものがあります。
答えを知るためではなく、自分なりの答えを見つけるために。
太宰治の名作『人間失格』を、まずは漫画で読んでみてはいかがでしょうか。
▼『人間失格』についてよくある質問
主人公は誰ですか?
『人間失格』の主人公は大庭葉蔵です。人間への強い恐怖を抱え、「道化」を演じながら人とのつながりを求めて生きます。
どんな話ですか?
社会になじめない大庭葉蔵が、「道化」を演じながら酒や女性、薬物に依存し、人生を転落させていく物語です。
葉蔵はなぜ道化を演じたのですか?
人間が怖く、自分の本心を悟られないようにするためです。「道化」は葉蔵にとって人間とつながるための方法でもありました。
葉蔵は本当に人間失格なのですか?
作品は明確な答えを示していません。葉蔵自身は自分を「人間失格」と考えますが、別の人物からまったく異なる評価も語られます。
記事制作:Teamバンミカス
「まんがで読破」シリーズの企画・制作を目的に設立された著作会社。前身のバラエティ・アートワークスから足かけ10年で139作を執筆・制作。その他、まんが学術文庫『群衆心理』ほか6作(講談社)、『歴史秘話ヒストリア』『タイムスクープハンター』漫画版および第5期TVドラマ脚本協力(NHK/ピクス)等。


