たった1本のパンを盗んだだけで、19年——。
ユゴー『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・バルジャンに科せられた罰の重さを知ると、多くの人がそう驚きます。舞台やミュージカル、映画でも繰り返し描かれてきたこの物語ですが、実際に原作を最初から最後まで読んだことがある、という人は意外と少ないかもしれません。
パンを盗んだ罪で投獄された男が、なぜその後も一生涯、刑事ジャベールに追われ続けることになったのか。そして、彼が命がけで守り抜こうとした養女コゼットは、どんな人生をたどっていくのか。
今回は、この物語のあらすじを、当時のフランスの政治的背景(七月革命・六月蜂起)とあわせて、わかりやすく解説します。

『レ・ミゼラブル』はどんな小説?
『レ・ミゼラブル』は、フランスの作家ヴィクトル・ユゴーが、1862年に発表した全5部からなる長編小説です。

舞台となるのは、1789年のフランス革命から数十年、王政と共和政のあいだで揺れ続けていた19世紀前半のフランス。なかでも七月革命(1830年)後の”七月王政”期のパリです。
物語の中心にいるのは、パンを盗んだ罪で投獄され、出所後もその過去に苦しめられ続ける男、ジャン・バルジャン。彼を執拗に追う刑事ジャベール、彼が命をかけて守ろうとする養女コゼット、そしてコゼットと恋に落ちる青年マリユス——。
個人の運命を描きながら、その背景には、当時のフランス社会が抱えていた「理想と現実」という、大きなテーマが流れています。
一人の男の贖罪の物語であると同時に、自由と平等を求めた時代そのものを映しだす物語。それが『レ・ミゼラブル』です。
『レ・ミゼラブル』のあらすじ解説
物語の中心にいるのは、ジャン・バルジャン。彼の運命は、やがてコゼットとマリユスの恋、そして「ABCの友」たちの蜂起へとつながっていきます。3つの視点から、物語を見ていきましょう。
ジャン・バルジャンとジャベール

パン一つを盗んだ罪で19年の徒刑を終えたジャン・バルジャンは、出所後も前科者として世間から冷たくあしらわれ続けます。ミリエル司教の慈悲に触れたことをきっかけに生き方を変えた彼は、名を変えて事業を興し「街の恩人」と呼ばれるまでになります。
しかし刑事ジャベールだけは、彼の正体を疑い、執拗に追い続けます。
ジャベールにとって、法律とは絶対のものでした。一度罪を犯した者は、どれだけ善行を積もうと、死ぬまで罪人であり続ける——彼はそう信じて疑いません。

だからこそ、たとえ相手が街の人々から慕われる人格者になっていようと、ジャベールにとってジャン・バルジャンは、ただの「元徒刑囚」でしかなかったのです。
この揺るぎない信念こそが、ジャベールを執念深い追跡者にしていきます。
コゼットとマリユス

ジャン・バルジャンが街の恩人として暮らしていた頃、彼の工場で働いていた女性がいました。ファンティーヌです。
彼女には、宿屋の夫婦に預けている幼い娘・コゼットがいました。しかし未婚の母であることが知られると、ファンティーヌは工場を追われてしまいます。
娘への仕送りのため、髪を売り、歯を売り、やがて身を売るまでに追い詰められた彼女は、病に倒れ、若くして命を落とします。

ジャン・バルジャンは、自分の工場が彼女を不当に追いだしたことに責任を感じ、死の間際のファンティーヌに、コゼットを必ず守ると誓います。
そして宿屋のテナルディエ夫妻のもとで虐げられていたコゼットを引き取り、パリのプティ=ピクピュス修道院でひっそりと育てていくのです。

穏やかな環境のなかで美しい女性に成長したコゼットは、青年マリユスと出会って恋に落ちます。しかし二人の恋は、やがてパリを揺るがす革命の嵐に巻きこまれていくのです。
ABCの友
マリユスが加わった「ABC(ア・ベ・セー)の友」は、自由と平等を求める学生を中心とした共和派の結社です。

仲間たちを率いる青年アンジョルラスを中心に、彼らはパリの街にバリケードを築き蜂起しますが、鎮圧され命を落としていきます。そしてジャン・バルジャンもまた、この戦いに深く関わるのです。
一人の男が背負った罪と、その罪から始まった赦し。若い二人の恋。そして時代を変えようとした学生たちの蜂起——バラバラに見えるこれらの物語は、やがて一つの場所で交わります。
ABCの友の蜂起と19世紀フランス史
「ABCの友」たちが命をかけて挑んだ蜂起には、正確な史実の裏付けがあります。ただし、それは1789年の「フランス革命」そのものではありません。順を追って整理してみましょう。
フランス革命が残した理想(1789年〜)

1789年に始まったフランス革命は、王政を打ち倒し「自由・平等・友愛」という理想を掲げました。
しかしその後もフランスの政治体制は安定せず、ナポレオンによる帝政、王政復古(ブルボン家による王政の復活)を経て、革命から40年以上が過ぎても、理想はまだ実現していませんでした。
七月革命と七月王政(1830年)

1830年7月、国民は再び蜂起し、専制的だった国王シャルル10世を退位に追い込みます。これが「七月革命」です。しかし、その後に成立したのは共和政ではなく、ルイ=フィリップを王とする立憲君主制——「七月王政」でした。
多くの共和派・学生たちにとって、これは理想からはほど遠い結果だったのです。
六月蜂起(1832年)

七月王政に不満を募らせていた共和派の若者たちが決起したのが、1832年6月に起きた「六月蜂起」です。
共和派の英雄として慕われていたラマルク将軍の葬儀をきっかけに、民衆の一部がパリの街にバリケードを築きました。掲げられたのは「自由を、さもなくば死を(La liberté ou la mort)」の旗。しかし政府軍によってすぐに鎮圧され、多くの若者が命を落とすことになりました。
作中の「ABCの友」の蜂起は、この六月蜂起がモデルになっています。
つまり『レ・ミゼラブル』が描いているのは、フランス革命そのものではなく、その理想が実現しきれなかった七月王政下で起きた、小さくも切実な事件だったのです。
ユゴー自身も経験した”自由への抵抗”

なぜユゴーは、この蜂起をこれほど丁寧に描いたのでしょうか。実は、ユゴー自身もまた、時代の激流に翻弄された一人でした。
1851年、皇帝ナポレオン3世(ルイ=ナポレオン)によるクーデターに反発したユゴーは、亡命を余儀なくされます。『レ・ミゼラブル』は、その亡命生活のさなかに完成し、1862年に刊行された作品です。
六月蜂起から30年後に書かれたこの物語には、自由を求めて戦った若者たちの姿に、ユゴーの信念を重ねていたのかもしれません。
ああ無情…つまずきを許さない社会

『レ・ミゼラブル』というタイトルは、フランス語で「みじめな人々」という意味を持ちます。
パンを盗んだだけで人生を狂わされたジャン・バルジャン、身を売るまで追い詰められたファンティーヌ——ユゴーが描いたのは、社会の仕組みそのものが生みだす「みじめさ」でした。
一度の過ちや不運が、その後の人生をずっと縛り続けてしまう。ジャベールのように「罪人は死ぬまで罪人である」という考え方は当時だけのものではなく、今の私たちにもふと顔を出すことがあるかもしれません。

だからこそユゴーは、ジャン・バルジャンの姿を通して「人は変われる」という希望も同時に描いたのです。
『レ・ミゼラブル』が問いかけたテーマは、150年以上たった今も、形を変えて私たちに残り続けています。だからこそ、この物語は色あせることなく、世界中で読み継がれているのでしょう。
まずは漫画を手がかりに

とはいえ、「ボリュームたっぷりの大作」と聞くと、手に取るのをためらってしまう——そんな方も多いはずです。実際に原文は長大で、当時の社会情勢まで丁寧に描かれているため、読み通すにはかなりの時間がかかります。
まんがで読破『レ・ミゼラブル』なら、原作の骨格となるエピソードを漫画でしっかり押さえられます。ジャン・バルジャンとジャベールの因縁、ファンティーヌとコゼットの母娘の物語、そしてマリユスとABCの友が挑んだ蜂起まで——まずはこの一冊で全体の流れをつかんでおけば、原文に挑戦するときの手がかりになるはずです。
「大作だから」と気負わず、まずは気軽にページをめくる感覚で。あなたにも、ジャン・バルジャンの生き方から得られるものがあるかもしれません。
記事制作:Teamバンミカス
「まんがで読破」シリーズの企画・制作を目的に設立された著作会社。前身のバラエティ・アートワークスから足かけ10年で139作を執筆・制作。その他、まんが学術文庫『群衆心理』ほか6作(講談社)、『歴史秘話ヒストリア』『タイムスクープハンター』漫画版および第5期TVドラマ脚本協力(NHK/ピクス)等。


