『戦争論』の作者クラウゼヴィッツは、18世紀から19世紀にかけて活躍したプロイセン王国の軍人・軍事学者です。
クラウゼヴィッツが示した「戦争の本質」は、現代に至るまで政治家や軍人、革命家など多くの人々に影響を与えてきました。
今回は、クラウゼヴィッツの『戦争論』について、彼が遺した名言や現代に伝えたことを詳しくご紹介いたします。
作者・クラウゼヴィッツはどんな人?
まずは、クラウゼヴィッツが『戦争論』を執筆する経緯について見ていきましょう。
青年将校・クラウゼヴィッツ
1780年、プロイセン王国に生まれたクラウゼヴィッツは、元将校だった父親のはからいで12歳でプロイセン軍に入隊します。
1801年、クラウゼヴィッツは上官の推薦でベルリンの士官学校に入学。
恩師となるシャルンホルスト中佐のもとで、軍事学だけでなく倫理学や地理学なども学び、士官学校を首席で卒業します。
ナポレオンとクラウゼヴィッツ
そのころ時代は大きな変革期にありました。ナポレオン率いるフランス軍の台頭です。
フランス革命を発端とし、ナポレオンはヨーロッパ征服に乗りだしたのです。
1806年、プロイセン軍はフランス軍に敗北します。
「伝統あるプロイセン軍が、なぜフランスの雑軍に負けたのか?」
クラウゼヴィッツは捕虜となり、これから戦争の形が大きく変わることを実感します。
プロイセンの軍事改革
1807年、クラウゼヴィッツは釈放されてフランス占領下のベルリンへ帰還します。
プロイセン再興を目指して、シャルンホルストを中心とする軍事改革に参加しますが、その活動は順調には進みませんでした。
ナポレオンの圧力に屈したプロイセン国王が、軍事改革を中止させてフランスとの同盟を締結したのです。この決定にプロイセンの将校たちは失望します。
クラウゼヴィッツはプロイセン軍を離れて、ナポレオンと敵対するロシア軍へ参加します。
これは国王に背く行為です。クラウゼヴィッツは、プロイセンの品位と自由を取り戻すために打倒ナポレオンの道を選んだのです。
ナポレオン戦争を徹底的に研究
ロシア軍に入隊したクラウゼヴィッツは、ナポレオンとの戦いにおいてその戦術を観察することができました。
1812年、ナポレオンの不敗神話はモスクワ遠征の失敗によって崩れます。
その後、紆余曲折はありましたが、1814年にプロイセン軍へ復帰を許されたクラウゼヴィッツはのちに陸軍大学校の校長になります。
『戦争論』の執筆と出版
しかし、どんな理由であれ国王に背いたクラウゼヴィッツには大きな権限を与えられていませんでした。制限された生活のなかで、軍事学の研究に専念し『戦争論』の執筆を進めます。
1831年、クラウゼヴィッツは当時流行していたコレラのため命を落とします。
クラウゼヴィッツの遺稿は、彼の夫人の手によってまとめ上げられ、1832年に発表されました。
クラウゼヴィッツの『戦争論』とは?わかりやすく要約
人類の歴史は戦争とともにありました。その史実のなかで、いわゆる近代戦争を研究し、政治との関係性を論じたものがクラウゼヴィッツの『戦争論』です。
近代戦争とは、フランスの革命家ナポレオン・ボナパルトの時代からそれ以降を指します。
それまで、戦争とは貴族同士が所有している傭兵をぶつけることが戦いの主軸でした。
フランス革命の渦中にナポレオンは登場しますが、それからの戦争は徴兵された国民軍がぶつかりあうものへと変化しました。
すなわち、貴族同士の戦いから国家同士の総力戦へと変化していったのです。
19世紀はこのような大きな変化があった時代です。
クラウゼヴィッツは『戦争論』のなかで、この時代の戦争と政治の関係性について、科学的に分析しています。これが、これまでにあった戦争に対する論述とは大きく異なる部分です。
クラウゼヴィッツは、戦争について以下のように考察しています。
戦争とは?
クラウゼヴィッツは、戦争を「政治目的を実現させるための手段」と定義しています。
戦争とは政治の延長であり、相手に自分の意思を強要するための暴力行為です。
また、政治目的を実現させるために、国民がぶつかりあうことから、戦争は「拡大された決闘」としています。
戦略と戦術
戦争の定義を踏まえて、クラウゼヴィッツは戦略を「政治目的に従い、個々の戦いを統率するもの」、戦術を「それぞれの配慮で個々の戦いを遂行させること」としました。
武力の扱い方を考える戦術に対し、戦略は、偶然によって左右される戦争において、政治目的を実現させるための戦いの進め方と位置づけます。
絶対的戦争と現実戦争
戦争のかたちは2種類にわかれます。絶対的戦争と現実戦争です。
絶対的戦争とは、ひたすら敵の撃滅を目的とする「暴力の極限行使」です。ナポレオンは暴力の応酬によって、ヨーロッパを震撼させました。政治よりも軍事を優先させた結果です。
現実戦争とは、エスカレートする暴力を人為的に制限する「限定戦争」とも呼ばれます。講和条約などの政治的配慮が働くため「暴力の極限行使」はありえません。
戦争の3要素
戦争は「政府の目的・軍隊の才能・国民の支持」の3要素が互いに作用しあって成り立ちます。
18世紀以前は、国民への配慮なんてありませんでした。
戦争は政府の政治的目的から発生し、軍隊が実施しますが、近代以降においては国民の支持を無視できません。
クラウゼヴィッツ『戦争論』が現代に伝えたこと
クラウゼヴィッツの『戦争論』のなかから、ビジネスにも通じる戦略について紹介します。
『戦争論』は「貴族同士の戦いから国家同士の戦争に変化した時代」に、戦争の本質を論じたものです。その戦争は「暴力をいかに用いて目的を実現させるか」を計画することで勝利へと導きます。
これらは、絶え間ない変化にさらされるビジネスのなかで、成功へと導くための戦略を練る、という点で共通しているのです。
そのため、軍事学の古典として士官学校で読まれているほか、多くの企業経営者にも選ばれています。
戦場の霧と摩擦
戦争は、さまざまな不確定要素を含んでいます。あらかじめ把握できていなかった重要な情報だったり、天候だったり、人為的に起こるさまざまな障害が挙げられるでしょう。
クラウゼヴィッツはこの不確定要素を「戦場の霧」「戦場の摩擦」と呼びました。
戦争を勝利に導くには、戦場の霧と摩擦がおこす偶然すらも利用して味方の利益に変えなければなりません。
ビジネスの世界では、経営戦略に基づいた経営計画(戦術)を練って、商品やサービスを市場(戦場)に送り出します。ですが、競合の新規参入、新技術、法改正、不祥事や風評などの障害によって、スムーズに経営目的を達成できるとは限らないのです。
これらは、クラウゼヴィッツの『戦争論』でいうところの戦場の霧に当たります。
現代では、情報の収集はこれまでよりも遥かに効率的に行えるようになりましたが、戦場の霧を消すためには、情報収集に加えて、内部環境の弱みを強みに、外部環境の脅威をチャンスに変える分析力、判断力が必要となります。
戦争は防御に始まり、攻撃で終わる
よく「攻撃こそ最大の防御なり」と言われますが、クラウゼヴィッツは「防御は攻撃よりも強力なり」として、防御の攻撃性について説きました。地理的条件や時間の経過が防御戦闘のメリットになり、攻撃側を消耗させるためです。
攻撃側は敵地に入りこむほど力を弱めます。補給路を守るために兵力を割くからです。
攻撃側にとっての防御は自らの攻撃力を減らすことになり、防御側に反撃のチャンスを与えます。
防御だけにコストを集中できる防御側に対して、攻撃側は圧倒的な兵力が必要になります。つまり、攻撃はコスパが悪いのです。
ビジネスにおいて低コストで戦えるということは、価格競争で勝てるということです。
手厚いマージンで販売チャネルを囲いこみ、後発の新商品に対しては低価格の類似品で反撃もできます。
差別化戦略は簡単にはマネできない圧倒的な兵力(ブランド・商品力)がなければ成り立ちません。
クラウゼヴィッツは、保持(防御)は獲得(攻撃)よりも簡単であるとして「防御の優位性」を説きました。
これらを戦争=競争におきかえてビジネスに応用したのが、ポーターの競争戦略です。
クラウゼヴィッツ『戦争論』の名言を紹介
クラウゼヴィッツ『戦争論』の名言についていくつか見ていきましょう。
戦争とは、敵の意思を屈服させることを目的とする武力行使である。
クラウゼヴィッツの『戦争論』のなかでもとくに重要な名言です。目的はあくまでも意思の屈服で敵を全滅させることではありません。
21世紀では、規模を増しているテロリズムが問題視されています。
強力になったテロは「意志強要のための暴力行為」であり、『戦争論』の観点からも戦争の一種であると言えます。
計画と実行の間には大きな隙がある。
さまざまな事象には、過去に成功した事例がいくつもあります。
過去に倣って計画を立てることは悪いことではありません。しかし、クラウゼヴィッツは戦争に勝つ方法を教える戦術マニュアルは必要ないと考えていました。
戦争は、時代によって常に形を変えるものです。ひたすらマニュアルに頼ってしまうと、柔軟に行動ができません。
これらを応用したビジネスのフレームワークなども、いずれは(またはすでに)陳腐化するものであり、「コスパの良いマニュアルなど存在しない」ということです。
クラウゼヴィッツの『戦争論』は、時代や環境に左右されない「戦争の本質」の考察なのです。
不確かな時代を確かな知識と判断力で生き抜いたクラウゼヴィッツ
クラウゼヴィッツの思想は、近代ドイツ陸軍の父・モルトケやレーニン、アメリカ軍の「ワインバーガー・ドクトリン」など、後世の政治や軍事行動に多大な影響を与えたとされています。
命の犠牲や憎悪の連鎖を生む、悲惨な戦争。戦争を嫌悪するあまりに、戦争そのものから目をそむけないこと。
ビジネスなら、競争や金儲けを嫌悪するあまりに、ビジネスそのものから目をそむけないこと。
何事も、落ちついて突きつめていけば、その本質が浮かんでくるはずです。クラウゼヴィッツは、現代の競争社会にも通じる戦争論を提唱しました。
今回ご紹介したもの以外にも、クラウゼヴィッツの『戦争論』はゲリラ戦や撤退戦・人事や内部統制など、さまざまな要素に触れられています。
よりスムーズに理解するためには、読みやすい漫画がおすすめです。
ぜひ、まんがで読破『戦争論』を参考にしてみてください。